川崎市多摩区
川崎市多摩区の場所
川崎市は政令指定都市で、神奈川県では横浜市に次ぐ第二の都市です。川崎市は多摩川に沿うように縦に伸びていて、川崎区はその最北端の部分になります。商業的なつながりとしては川崎駅というよりも近くの府中や都内に出て行く方が多い印象です。隣接する都市としては東京は世田谷区、調布市、稲城市、狛江市、川崎市内では麻生区、宮前区、高津区となります。
川崎市多摩区の歴史
1924年に川崎市が発足し、1972年に川崎市が政令指定都市に移行した際に多摩区が発足します。また川崎市多摩区を流れる多摩川はたびたび氾濫を起こし甚大な被害をもたらしました。その度に改修補修を施し現在に至ります。昔は多摩川にかかる橋が架かるまでは「渡し」により行き来をしていたようである。
川崎市多摩区と私
私は大学入学で上京した際、生田駅近くの地元の市が運営している男子学生寮に入寮しました。その学生寮の出身者には有名TVディレクターや同じ時期に入ったものにはお笑い芸人として活躍しているものもいます。
とにかく私は生田で20代前半までのまだ多感な時期を過ごしました。生田の街は形状的に坂が多い街となっていて坂のてっぺんにある長沢浄水場までずっと長い坂道となっています。夜中に長沢浄水場まで友人とよくジョギングしたりしていました。ある夜はテンションが上がりたまプラーザ駅まで行き新百合ヶ丘駅を経由して生田に帰ってくるという無謀なジョグをしたこともあります。若く苦い思い出です。小田急線の跨線橋の下あたりにラーメンの「生田家」という「家系ラーメン」がありはまっていました。一日3食そのラーメンを食べてた時期は流石に10kgほど太りました。今回行ったら別のラーメン屋に代わっていて少し虚無感に包まれました。線路の向かい側の「おしげ食堂」はまだ看板が掲げられていて感動を覚えました。とにかく私はこうして密度の濃い4年間を川崎区生田で過ごすことになったのです。
川崎市多摩区をポタリング
生田の階段
生田駅の近辺の印象は、とにかく高く長い階段と坂につきます。住宅地のほとんどはその丘の上に形成されています。そこからの眺めは格別です。
長沢浄水場近辺
坂を登り切り長沢浄水場の南側から眺める宮前区側の景色も個人的に大好きです。また私はアニメについて詳しくないのですが、「NHKにようこそ」というアニメでは、この長沢浄水場近辺に主人公が住んでいるという設定になっているようです。そのアニメを見てみると確かに生田駅近辺や公園、神社の描写は生田の風景であることがわかります。調べてみると作者の滝本竜彦さんはこの近くにある専修大学に通われていたようです。自分の経験も作品に投影していたのかもしれません。3枚目の写真はその専修大学近くのバッティングセンターです。
川崎市岡本太郎美術館
1991年に岡本太郎所有の作品が川崎市に寄贈され美術館建設の計画が決まったようです。そして1999年に開館を迎えます。残念ながら岡本太郎氏は会館の3年前に亡くなっています。美術館は岡本太郎の作品はもちろん、新人作家の作品、現代美術も展示されています。3枚目はシンボルタワーの「母の塔」です。「大地に深く根ざした巨木のたくましさ」「ゆたかでふくよかな母のやさしさ」「天空に向かって燃えさかる永遠の生命」がテーマとなっているようです。
生田駅前
急行停車駅ではないためこじんまりとした駅です。南口にはコンビニ、飲み屋もありました。
私が利用していた耳鼻科や美容室も残っていました。北口には小田急OX、松屋、三井住友銀行があります。またさらに北側の津久井道にもいろいろなお店が軒を連ねます。小田急線沿いを明治大学方面に向かうとラーメン屋さん、昔からある「おしげ食堂」があります。
五反田神社
こじんまりとした神社ですが、私が住んでいた頃はこちらで地域のお祭りなんかも催されていました。当時、松沢成文元神奈川県知事をそのお祭りでお見受けしたことがあります。私はいつも駅に向かうときに一枚目の神社に続く赤い手すりを眺めるとどこか安心感を覚えていました。3枚目は神社からの眺めとなります。きれいな風景の中を小田急線が何度も走り抜けていく様子が好きでした。
向ヶ丘遊園駅
昔、現在の生田緑地近辺に向ヶ丘遊園という遊園地がありそれが駅名の由来となっています。遊園地は2002年に閉園しました。昔は遊園地までモノレールが走っていました。現在の藤子・F・不二雄ミュージアム付近に駅が向ヶ丘遊園正門駅がありました。現在2023年を目処にグランピングなどができる商業施設、温泉施設を開発中ですので楽しみです。
生田緑地ばら苑
かつての遊園地内にあったばら苑は「東洋一のばら苑」と称されていたようです。2002年の遊園地閉園後は川崎市が管理を引き継いでいます。ばらの季節はおすすめです。
登戸駅近辺
小田急線の向ヶ丘遊園駅から登戸駅までは550mほどの距離しかありません。小田急が向ヶ丘遊園を経営していて直通のモノレールもあって利益を見込んだためこの至近距離に駅を設けたと考えられます。ただこの間には美味しそうな飲食店が軒を並べます。登戸駅ではJR南武線と乗り換えが可能となります。
二ヶ領宿河原堰堤と二ヶ領用水
かつて1600年代に灌漑用水として二ヶ領用水は建築されました。東京の人口増加により上流で羽村の堰が完成し、下流の取水量が格段に減ることになります。これで生じた水不足により下流ではさらに取水競争に拍車がかかります。当時は蛇籠(竹材や鉄線で編んだ長い籠に砕石を詰め込んだもの)を何重にもして取水していました。しかしそれが流されてしまうなどの金額面で大きな被害があり現在のコンクリート造のものが建築されました。
まとめ
感想
今回は単純に私の思い出巡りとなっています。ポタリングのコースとしては坂を頑張って登り切り生田緑地で自然を満喫したり、岡本太郎美術館で芸術を堪能するのも悪くないと思います。個人的には長沢浄水場からの眺めがおすすめです。向ヶ丘遊園跡地の開発も終わり次第訪問してみたいと考えています。また多摩区は大変広く、今回の記事ではまとめきれなかったので次回もまた多摩区の記事を書きます。
コメント