40代FIRE生活を邪魔するもの 〜あるいは迫害〜

マインド

FIRE民はなぜ迫害される?

考察1 マイノリティであるということ

私はサイドFIREを5月より実行します。けれど今の心境は複雑です。私がとった行動は果たして正しかったのだろうか?

この選択をしてみて気づくことは、現在の私が選択した道は社会的にはマイノリティーであるということ。一般的な40代といえば、まだまだ働き盛り盛りで老け込む時期ではないはずです。子供の教育費、マイホームのローン返済、介護費用、老後費用など、個人の環境によりますが、さまざま支払うべき「請求書」が次から次へと舞い込んでくるに違いありません。

FIREとはまだまだ社会的には亜流・傍流の考え方でしょう。社会的な認知度については若年層とそれ以外でもだいぶ開きがあるようにも思えます。これまでの常識を作り上げてきたマジョリティである大人たちは、それを否定されたら面白くは思わないし、抵抗もするでしょう。社会の縮図である学校がそうであるように、少し変わっている子供というのは奇異の目で見られ、ひどい場合はつまはじきにされる場合もあるでしょう。「大きい数」というのは有無を言わさず「小さい数」を飲み込んで行くのです。

今FIREしたとして、「あいつは節約ばかりしていてケチでつまらないやつ」とか「何が楽しくて生きているんだ」、「競争を放棄した負け組」とかマジョリティ側の悪口がたくさん聞こえてきそうです。そしてマイノリティ側はそんな言葉のせいで「不安」が醸成されたりするのです。

ここでFIRE民が声高に「FIREの理念とはね」とか講釈を垂れても無意味です。そんな時は「ねえ、人生こんな生き方もあるんだよ」と静かに微笑み返すだけで良いのではないでしょうか?この問題は「価値観の相違」と言ってしまえばそれだけです。私はそこに仰々しい対立軸を設けることなく、マイノリティとして溶け込んでいければと思っています。

考察 2 あなたの周りにもいる「ドリームキラー」

またこうしたFIREを目指すといったような「挑戦」に対して、「妨害」しようとする人というのは一定数います。彼らのことを「ドリームキラー」と言ったりします。ドリームキラーの多くは「親」である場合が多いです。親から「そんなFIREなんて得体の知れないものはやめてちょうだい。」なんて言われたら、「そうかも知れないな。やめとこうかな」ってなる人もいるかも知れないですよね。

少なくとも私たちは両親から生まれてきてその教育のもと育ちます。きっと「親」というのは本能的に子供を守るようにプログラミングされていることでしょう。そこで「親」の多くが子供に大勢歩く安全な道を歩んでほしいと思うことは必然です。親が子供に安定の職業「公務員」「医者」「弁護士」になってほしいというのはそういう本能が働くのはそのひとつでしょう。小さい頃からそんな感じで言われ続ければ、言葉は子供の脳に刻まれ洗脳されてしまうのも頷けます。

ただここで一つ断っておきたいのは、親はただの「親切心」で言っている場合が多い、ということです。子供のやりたいことを「壊す」ためではないという点にご注意ください。けど私たちはそうした成長過程で培ってきた親や学校、社会の「洗脳」を解いていかなくてはならないのは確かです。そうしないと、ちょっとした小さいチャレンジすらできなくなってしまいます。とりあえず、まずは「親を超えてみろ」ってことですね。

「洗脳」といえば、たまに私は思うのですが、「FIRE」というのもマーケティングの一種で、私たちはそのワードを旗印にした壮大な「洗脳」にかかっているだけなのかも知れない、と。

まあ、でもそれならそれでも別にいいかな。ストレスなく自由に生きられるならば。
以上。そんな感じ

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